今週の一冊 第7


今週の大砲王

 窓は一晩中開け放たれていた。誰もが自分の居場所―つまり、寝室の毛布の下―から離れ ないようにす るためである。廊下をうろつくことを許された唯一の人間は、彼の妻だった。彼女は一つのベッドにはかならずひとりの人間しかいないことを確認しておきた かったのである。ある観察者によると、「彼女が好んで自分に課した任務のひとつは、夜、召使の寝室の近くにしのんでいることであった。二つの棟に長く小部 屋がつづいており、それは性別で分けられていて、ひとつの鉄の渡り廊下でつながれているだけだった。両方の棟を結ぶ廊下で給仕か女中の姿を見かけると、彼 女は見つけた者を即座に、その場で解雇した」

ウィリアム・マンチェスター(鈴木主税訳)『クルッ プの歴史』フジ出版社

 フジ出版社は現存しません。その歴史(特に戦史)を中心とした垂涎もののラインナップも過去帳入りとなりましたが、最近学研と中央公論新社が壮絶な版権 争奪合戦を繰り広げた挙げ句、大体折半して両者で再版することになったようです。その今は亡きフジ出版社の出した、上下巻合わせ千ページを越える大著、ド イツの軍事産業を支えたクルップ社について、その一族の人間模様を軸に描いた書です。
 このクルップ一族とは非常にエキセントリックな人々だったようで、上の引用の彼女とは両大戦期を生きたベルタ・クルップ(1886〜1957)のことで すが、事実上の創業者たるアルフレート・クルップもまたたいへんに奇矯なところがありました。
 女中が黒いストッキングをはいているのを見つけると―工場の煤煙が 丘の上までただよってきたので、そうするのが賢明だったことは明らかである―アルフ レートは彼女らをきびしく叱責した。彼が若いときには、家事手伝人は白いストッキングをはく習慣であり、ここでもそれを守らなければならないというわけ だった。
 というわけで実に詳細に渡る浩瀚な書ですが、おそらく中公も学研も再版はしないでしょう。ミリオタが読んで面白い本かはちょっと微妙だからです。しか し、やおい趣味な方には推薦しておきます。本書第9章「第二帝国のオスカー・ワイルド」は、アルフレートの息子フリッツが美少年買いに狂ったあげく発覚し て自殺する話を軸に、当時のドイツ第二帝国で如何にホモが流行ったかにページ数を費やしており、この章だけ図書館で探して読むと面白いでしょう(笑)

(2001.12.21.)

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