今週の一冊 第18


今週のピカレスク

 トレント一家はメイフェア区ハイウォーター通り一七番地に住んでいたが、ジョージ王朝 時代の豪壮 な、召使たちの部屋は別にして二十三室もある邸宅だった。雇われている召使が全部で十二人・・・・・・馬車の御者、馬車の世話係二人、庭師一人、玄関番、 執事、料理長に台所手伝い二人、それに女中が三人。また、下の子供三人のための婦人家庭教師もいた。(中略)
 召使たちは満足していた。最近雇い入れられたものはなく、また最近解雇されたものもなかったし、みな厚遇されていて、この家庭、特にトレント夫人に対し て忠実だった。馬車の御者は料理人と結婚していたし、馬車の世話係の一人は二階係の女中の一人と同棲していたし、あとの二人の女中はなかなかの美人だった ので、男友だちに事欠かなかったに違いない・・・・・・近隣の召使たちの中に愛人をみつけていた。

マイクル・クライトン(乾信一郎訳)『大列車強盗』 ハヤカワ文庫

 クリミア戦争中のイギリスを舞台にした小説です。実話に基づいているようですが、どこまでが実話なのかは分かりません。クリミア戦争に従軍している兵士 たちに支払う給与の金塊を、輸送中の列車から奪取しようとする強盗たちの物語で、それ自体すこぶる面白いのですが、文中事細かに描写されるヴィクトリア朝 英国の社会や風俗も大変興味深い作品です。家事使用人の多さはヴィクトリア朝の特徴の一つだけに、召使階層に関する説明も随所に見られますが、その中から 金塊の金庫の鍵を持つ頭取一家の様子を描いた部分を引用してみました。12人中、女性の「メイドさん」は後半の6人が相当すると思われますが、馬車が相当 人手のかかるものであったことも伺われます。余談ですが、作者のクライトンという人は「ジュラシック・パーク」の原作者で、また最近日本でも人気の 「ER」の原作者でもあるヒットメーカーですが、やや本作は他の作品より系統が異なる気がします(他の作品は読んだことないんですが)。また「大列車強 盗」は映画化もされましたが、同名のアメリカで作られた史上初のストーリー映画の方が有名なようです。

(2002.3.8.)

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