今週の一冊 第21


今週の夢

 1906年に、子供向けの新聞『スメーヌ・ド・シュザンヌ』で連載の始まった『ベカ シーヌ物語』 は、今日でもフランスの子供たちにもっとも親しまれているマンガである。ベカシーヌは、雇い主のグラン・テール侯爵夫人が経費を切り詰めなければならない ので、女中をもう雇うことができなくなったと伝えると、お給料はいただかなくて結構ですから、どうかこのままお宅においてくださいと頼み、トラムウェイの 車掌となって働いた金で、自分の部屋代と食事代を払う。まさに、聖女ベカシーヌである。
 私としては、まったく救いのないリアリズム小説の女中たちよりも、フェリシテやベカシーヌのような『純な心』の女中の方を取りたい。たとえそれが現実に はありえない「夢の中の女中」だとしても。

鹿島茂『職業別パリ風俗』白水社

 バルザック、フロベール、ユゴー、ゾラ、モーパッサンなど、19世紀フランス文学の世界に登場する様々な職業の人々が、一体どのような生活を送っていた のかを描いた本です。各々の職業ごとに、その職業の人を描いた一ページ大の絵が添えられているのも目を惹きます。ちなみに女中さんの絵では、手にかぶりも のを持っていますが、どうやらそれはボンネットのようです。文学作品の引用を絡めた女中さんの様々なタイプについての説明はとても面白く、無教養な筆者も ひとつフロベールでも読んでみようかと思わされてしまうほどです。『ベカシーヌ物語』の日本語版はないようですが。なお、引用部は女中さんを扱った章の末 尾ですが、著者の鹿島氏が「私」という一人称を使って自らの感想を述べているのはこの章だけなのです。なぜ鹿島氏は女中の章だけ、「解説者」の立場を離れ るような、「私」個人の思いを述べたのでしょうか。まさか、いや。

(2002.3.29.)

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