今週の一冊 第27


今週の英国紳士(帝国メイド倶楽部 参 参加記念特大号)

働く女性たちに対する彼の関心の寄せ方は精力的で、なにかに憑かれたとでもいうべき感が あっ た。ルイス・キャロル(C・L・ドジスン師)は、「私は少年以外の、こどもが大好きだ」という言葉で、彼自身の偏った傾向を暴露した。そしてアーサー・マ ンビーは、男性以外の、働く人間を好んだのである。

マイケル・ハイリー(神保登代・久田絢子訳)『誰が ズボンをはくべきか ヴィクトリア朝の働く女たち』ユニテ

 本連載も3クール目(笑)に入りました。この本は今までメイド趣味の人々にあまり注目されてこなかったようですが、筆者としてはメイド趣味者必読最優先 文献にしたいくらいお勧めの一冊です。内容はサブタイトル(英語の原題は“Victorian Working Women”)に示されている通り、ヴィクトリア朝時代の働く女性についての本ですが、本書はアーサー・マンビー(1828〜1910)という男が残し た、働く女性についての膨大な記録に依拠しています。
 マンビーはれっきとした「有閑階級の人間」でしたが、自らと同じ階級の女性ではなく、ワーキング・クラスの女性の働く姿に多大な関心を示していました。 彼は日々街で出会った女中や女工たち、あるいは地方に足を伸ばして炭鉱で働く女性や女漁師といった人々の働きぶりを観察し、話を聞き、それを日記に記録 し、また写真を集めました。そしてマンビーはハナ・カルウィックというメイド(マニアの方向けに説明を加えますと、彼女は Maid of all work だったそうです)と出会います。マンビーは彼女と親密になり、ハナに色々な服を着せて写真に撮ったり、首輪つけてみたり、長靴磨かせたりなどという、19 年に及ぶ密かな交際の末、秘密裏に結婚します。当時の社会通念はそれを公にすることを困難にするものでしたから、その生活は幸福とは評価しがたいもののよ うでしたが。マンビーがハナに課した役割は、女性は男性に従属し奉仕しなければならないという価値観に貫かれていましたが、その価値観を涵養したのは、皮 肉にもルソーに代表される啓蒙と近代科学の思想でした。これに関しては、ロンダ・シービンガー(小川真理子他訳)『科 学史から消された女性たち』工作舎  をご参照ください。
 マンビーはその豊富な女性労働に関する知識から、政府の労働政策に携ることもありました。しかし、彼が働く女性たちを追いつづけた意志の源泉は、決して 政治への関心や社会正義ではなかったのです。マンビーはただ、自分の楽しみのためだけに、記録を残しつづけたようです。それ故に、彼について、女性差別や 社会の身分構造に全く無関心であったという厳しい批判が、フェミニズム研究などの観点から寄せられています。それは確かにそうでしょう。しかしまた同時 に、彼によって貴重な記録が残されたことも事実なのです。ウィリアム・ブレイク曰く。
「過度という道こそ叡智の殿堂に通じる」
 マンビーのその性格を端的に現したのが引用部です。本書にはメイドさんの様々な描写があり、引用に値する箇所も多いのですが、多すぎて判断に迷い、敢え てこの箇所を選びました。
 纏めれば、この本はメイドさんに関する貴重な資料(ハナの日記が採録されており、写真もきわめて豊富)であると同時に、19世紀イギリスに存在した、一 人の“メイド等働く女性萌えヲタク”の記録でもあるのです。それ故に、筆者はこれをメイド趣味の皆様に強く推薦するものであります。1986年出版の本で すが、現在でも入手は可能です。(編注:2002年当時は可能でしたが、現在は困難のようです)

(2002.5.4.)

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