今週の一冊 第29


今週の労使関係

 大邸宅の女主人はキッチンメイドと直接には接触しなかったものの、女主人の指示は、直 接的 なものであれ、コックを介したものであれ、キッチンメイドの人生を悲惨なものにする場合がままあった。「親子関係をのぞけば、雇い人と使用人との間にかつ て見られた関係ほど美しいものはない」という、的外れな考えがヴィクトリア朝時代にはあったけれども、雇い主と使用人の関係はしばしば緊張した。そしてそ のような不協和音は、たとえ書物に記載されていなかったとしても、以下のように人間の脳には記録されていた。ある婦人の話だが、かなり前にキッチンメイド として働いていた、この婦人の祖母が子ども部屋に出す食事の下拵えをしていたときに、うっかり指でその料理に触れてしまい、それで女主人からその指に庖丁 を突きつけられたという。

ジェニファー・デイヴィーズ(白井義昭訳)『英国 ヴィクトリア朝のキッチン』彩流社

 これも定番中の定番の一冊ですね。というわけで説明省略・・・というのも手抜きですから(先週と同じ展開)、ちょっと思ったことなど蛇足に。本書はヴィ クト リア朝時代のイギリスのキッチンとそこでの営みについて纏められた書物で、台所で働く使用人についても一章を割いています。「非常に幼い使用人」の写真な どヴィジュアル面が充実しているのが特徴ですが、それはそもそも本書がBBCの番組の企画として始まったことと無縁ではないでしょう(本書の著者は番組の 副プロデューサー)。BBCの番組で、ヴィクトリア朝のキッチンをそのまんま再現して当時の食文化を蘇らせたのだそうですが、さすがBBC、凝った企画を 立てるものです。日本ではそのような本格的歴史番組はなかなか出来そうにありません。「その時歴史は動いた」じゃねえ。本自体の濃い内容(台所関係メイド に関しては余す所なし)もさる事ながら、こういった本を生み出す背景にも感じ入った一冊なのでした。あと引用部分ですが、雇い人と使用人の関係に関する考 えが、いかにもヴィクトリア朝じみた偽善的な味わい(笑)で、いい感じですね。

(2002.5.19.)

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