今週の一冊 第30


今週の軍事革命(連載30回記念蘊蓄特に多め号)

 もちろん、移動中の軍隊は兵員だけからなっていたわけではない。(中略)従軍酒保商人 (サ トラー)や小間使いがいる。これらの小間使いは女性が多く、軍隊内で売春、洗濯、小売り、裁縫、こそ泥、傷病者の介護等々、さまざまな役割を果たしてい た。これらをひっくるめた軍属(キャンプ・フォロア)は、ときには兵員総数と同数、もしくは上回ることさえあった。(中略)1646年のあるバイエルン軍 二個連隊の構成員はつぎのようになっている。歩兵480名に女性と子ども314名、小間使い74名、酒保商人3名。481名の騎兵には、小間使いが236 名、女性と子ども102名、酒保商人9名。そしてこの961名の戦闘員には1072頭の馬もついていた。

ジェフリー・パーカー(大久保桂子訳)『長篠合戦の 世界史 ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500〜1800年』同文舘

 軍事革命 military revolution というのは、多くの方にとって馴染みの無い言葉でしょう。これは近代初期、軍事技術の革新(火器の登場)によって戦争の方法が変化し、それに対応した軍事 力の肥大に対応する中で近代国家がその態勢を整えていったという考え方です。その軍事革命について、もっともよく纏まった概要を示しているのが本書です。 原題はずばり The Military Revolution で、ヨーロッパを中心に軍事革命が世界各地にどのような影響を与え広まっていったかまでも述べられ、その一環で日本の戦国時代も出てくるため、上のような 邦題がつけられたようです。しかし、戦国史の専門家曰く、長篠合戦はヨーロッパ式火力優先軍隊とは全然違うので、長篠の信長が軍事革命の担い手であるかの ごとき本書の記述は誤りであるそうです。これは著者のパーカー教授の責任というよりは、彼に日本史のレクチャーをした人々の勘違いによるもののようです が。訳者の大久保桂子氏は西洋近世史の方なので、その辺りに気が付かなかったのか、中央公論社の『世 界の歴史』の中、大久保氏が軍事革命についての説明 を述べた箇所でこの誤謬を繰り返してしまっているのは、誤解の再生産に繋がる恐れがあります。
 てなことは余談でして、本題は軍隊とメイドさんの関係です。ミリオタとメイドスキーの縁は以前問題提起しておきましたが、その昔の軍隊はメイドさ んを引き連れて戦争に行っていたという、今日から見ればのどかな事実がありました(古代なんかでもよく見られますが)。ところで引用部には、「これらの小 間使いは女性が多く」とありますが、これはよく考えると妙な記述で、女性が多いもなにも、小間使いとはそもそも女の召使のことを指す言葉なのです。そこ で原文を調べてみますと、
 the troops required sutlers and servants (many of the latter being women who carried out a variety of functions in the army: prostitution, laundry, selling, sawing, stealing, nursing...)
 というわけで、原語は servants な ので、召使とでも訳す方が適切だったかもしれません。また、バイエルン軍編制中の「小間使い servants 」 と「女性 women 」の相違は明記されていませんが、特定の個人の雇い主を持っているのが前者で、後者は不特定多数の兵士相手に 商売していると言うことではないかと思いま す。
 色々難癖をつけましたが、それは本書のごく一部、この本はとても面白いので、歴史好きの人には大いにお勧めしておきます。訳も表題こそあれですが、本文 では軍事用語の訳がきちんとし ていて、大変読みやすいものとなっています。まあメイド趣味にはあんまし関係ない本ですが、prostitution(売春) がそのお仕事の内容として真っ先に挙げられる servants(大部分が女性)がいたということは、なかなか興味深いと思う人も多いのではないかと思います(笑)

(2002.5.25.)

前へ戻る 次を読む

「今週の一冊」 トップページへ

MaIDERiA出版 局トップページへ