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今週の一冊 第32


今週の手練手管

 第九章 腰元
 (中略)
 大きなお邸の奥方附だったら、その奥様の半分も美しくなくても、おそらく旦那様から可愛がってもらえる。この場合、気をつけて絞れるだけは絞り取るこ と。どんな一寸したいたずらでも、手を握るだけでも、先ずその手にギニイ金貨一枚入れてくれてからでなくては、許してはいけない。それから徐々に、向うが 新しく手を出す毎に、こちらが許す譲歩の程度に比例して、せびり取る金額を倍増にして行く。そして、たとえ金は受取っても、必ず手向いをして、声を立てま すとか、奥様にいいつけますとか、脅かしてやる。お乳に触る代が五ギニイなら、たとえ必死の力で抵抗しているように見えるにしても、安い買物だ。しかし、 最後のものは、百ギニイ或いは年二十磅の終身のお手当以下では、決して許してはならぬ。

ジョナサン・スウィフト(深町弘三訳)『奴婢訓』岩 波文庫

 その昔、澁澤龍彦は「人の生きる気力を奪うような本こそが悪書で、普通の人間の性欲を刺激するような本はちっとも悪書ではない」というようなことをどこ かで述べていましたが、それなら『ガリヴァー旅行記』はどっちかつうと悪書なんだろうなあ、などと思うのであります。それなのに子供向けに読ませてるんだ から変な話ですよね。スウィフトは文学者になろうとは思っておらず、その文才を生かして政界で活躍することが本領でした。その武器が痛烈な諷刺なわけで、 ガリヴァーに出てくるヤフーはその一つの究極といえます。
 スウィフトがその諷刺の鉾先を召使に向けたのが本書です。そもそもスウィフトは、真面目に使用人に教えを垂れる文章を書こうとしていたようですが、逆に 使用人がしでかすインチキやサボりの手口を皮肉として書いたほうが効果的と思って著したのでした。『奴婢』なんて言葉が使われていますが、もともと18世 紀前半の書物だし(原題は Directions to servants )、訳書は1950年出版なので、こういう言葉づかいなのでしょう(なお原文の旧漢字は修正しました)。執事 (召使頭と訳していますが)からはじまって コックや従僕など16章に分けて述べられています(ただし未完成の章も少なからずあります)。小間使い(八章)、引用した腰元、女中(十章)あたりが女性 の使用人についての記述ですが、一番力が入っているのはそこではなく従僕の章です。とはいえどの章も皮肉に満ち満ちております。あと汚い話も多いです(ス ウィフトの趣味かもしれません)。
 引用部は腰元と古風な言葉が宛てられているものの、要するに侍女 Lady's maid の章です。ギニイ(今はギニーと書く方が一般的)とは21シリングで、磅というのはポンド(=20シリング) の当て字です。100ギニーは相当に大金です が(産業革命前の通貨の換算は不可能に近いですが…)、首尾よくふんだくれたケースはどれだけあったんでしょうね。スウィフトは女性嫌悪の傾向があるとい う説もあり、作者が作者だけにいろいろ心して読む必要がありそうです。

(2002.6.8.)

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