今週の一冊 第41


今週のパスティーシュ(コミケ参加記念ちょっと長め号)

「じゃあ、キティーもわたしと一緒よ」アリシアは言い張った。
「キティー?」レディ・パットはたずねた。
「あの、えー、あの館の使用人ですよ。お嬢さんを救い出す手助けをずいぶんとしてくれたんです」ドジソン氏は彼女に言った。
「キティーはお友だちよ」アリシアは言った。「それにわたしは彼女に約束したの。一緒にロンドンに連れて帰って、わたしのメイドにしてあげるって。ウォー ルサム家の人間は絶対に約束を破ったりしないわ。そうよね、パパ?」

ロバータ・ロゴウ(岡真知子訳)『名探偵ドジスン氏 マーベリー嬢失踪事件』扶桑社ミステリー

 19世紀末英国を舞台に、『不思議の国のアリス』を書いルイス・キャロルことチャールズ・ドジスンと、シャーロック・ホームズの作者であるコナン・ドイ ルが、コンビを組んで事件解決に当たるというパスティーシュ作品です。挑む事件は少女誘拐事件。十代前半の少女売春がまかり通る英国の現状を変革せんと法 改正に立ち上がる(注:ここまでは歴史的事実)自由党の国会議員リチャード卿、そうはさせじと卿の愛娘アリシア(当年十歳)を誘拐して法案の阻止を狙う売 春業界の大物・ミセス・ジェフリーズと、その配下でリチャード卿に捨てられた過去を持つミス・ジュリア・ハーモン。アリシアの運命や如何に、と思いきや、 お転婆少女アリシアは、誘拐された彼女の身の周りの世話を命じられた「同年輩の」下女・キティーを説き伏せて、救助を求める算段を巡らします。その時にア リシアが説得に使ったのが、自分のお家の使用人になれば待遇が如何によいかということでした(「一週間に半クラウンがまるまる全部あなたのものになって も? それに一週間おきに半日の休みをもらえても? ロンドンに住めても?」)。引用部は首尾よく救出されたアリシアが、キティーにした約束を守るよう主張しているところです。
 なんだかネタバレしまくりの解説ですが、どうせ本書はサスペンスとしての切れは大したことないので、大勢に影響ありません(笑)。この本は、シャーロキ アンとかアリスマニアとか歴史好きとかが、細部ににやりとしながら読むのが本来の目的なのです(きっと)。誘拐犯の正体に気づいたアリシアの子守りメイド は、犯人に駅のホームから突き落とされて殺されてしまいますが、その遺体をドイル医師が検死して雇い主の政治的立場まで見抜いてしまったり、キティーがア リシアの味方になってしまったことに気づいたハーモンがキティーを鞭で折檻したり、19世紀英国メイド風俗に関心のある向きにも読みどころ多数です。是非 町田ひらく氏あたりに漫画化して欲しいなあ、なんて。

(2002.8.11.)

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