今週のお着替え 今日でも紳士服と婦人服のボタンがちがうのは、当時の特権階級に属す紳士と淑女の対照的 な装 いの習慣からきていると一般に考えられている。思うに、大部分の人が右利きだから、自力で服を着る男性は、当然ながら当然ながら右手を使ってボタンをボタ ンホールにはめるほうがやりやすかったのだろう。したがって、紳士服のボタンは、たとえ最初のうちは左右どちらに付けると決まっていなかったにしても、ほ どなく男性の右手側に統一されたのだろう。しかし、たいそうお洒落な女性たちは、ふつうメイドに服を着せてもらった。そしてメイドは、当然ながら女主人と 向き合うかたちで、かぎホックやボタンを留めた。したがって淑女の服のボタンは、向き合ったメイドの右手に当たる側に統一されたのだろう。ほかにどんな配 置をとっても、効率が悪かっただろう。 ヘンリー・ペトロスキー(忠平美幸訳)『フォークの 歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論』平凡社 フォーク、ナイフ、スプーン、クリップ、ジッパー、ポスト・イット、金槌、鋸、缶(のタブ)などなどなど、身の周りにある様々なものを題材にとりなが ら、新しいモノの形がどのように決まっていくのか、エンジニアリングの本質を浮き彫りにしてゆく書物です。「必要は発明の母」では決してなく、モノの形は 機能によって一意的に決まるわけでもない。まず既存のモノがあって、その機能への不満から新しい形が生み出されるのだ、と作者は様々な例を挙げて説きま す。何をそのモノの欠点とするかは人さまざまで、その時代と社会の文化によっても変わります。だからモノには色々な形があり、絶えず新しい形が生み出され るのだと。引用部はジッパーの発明されるまでの前史として、衣服の留め方の様々な方法を叙述している箇所です。言われてみればなるほど、と思うことですが、我々の もっとも身近にある西洋メイド文明の遺産なのかもしれません(笑)。また、邦題にもなっているフォークはじめ食器の、様々な形について述べている第8章 は、ヴィクトリア朝の食卓を支配していた原理の一端を窺い知ることも出来る興味深い箇所です。とめどなく増殖する様々な食器たち(管理していた執事はさぞ 面倒だったでしょう)、給仕のために使用人が出入りするのが煩わしいと、台所から食堂まで模型の汽車やら自動人形やらで皿を運ばせる話とか、なかなか面白 いエピソードがあります。それを別にしても、身の周りの何気ないものへの見方が変わるエピソード満載の、大変面白い本です。 (2002.9.7.) |