今週の一冊 第47


今週のレシピ

彼女(注:家政婦のミス・プロス)の交際というのは、一にも二にも実利を考えてのうえの こと で、したがってソホーや、そのあたりをくまなく探しまわっては、金に困っているフランス人を見つけ出すのだった。つまり、彼らをシリング銀貨や半クラウン 銀貨でたらしこみ、巧みに料理の秘訣を伝授させるのだ。こうして落魄したゴール人(フランス人の古名)の末孫たちから、いわばすばらしい魔術を覚えこむの だから、しぜん召使いの下婢、小女たちは、まるで彼女を魔法使いか、シンデレラの教母扱いにしていた。

チャールズ・ディケンズ(中野好夫訳)『二都物語』 (世界文学全集)河出書房

 フランス革命の時代を背景に描かれ、1859年に発表された、19世紀英国を代表する作家・ディケンズのよく知られた作品です(解説によると文学的評価 は必ずしも高くないそうですが)。作品自体につきましては、是非一読なさることを皆様にお勧めします(文学的評価が高くないからこそ、かえって一般向けか もしれません。個人的にも、いい作品だと思います)。
 さて、引用部は、主要登場人物のルーシー・マネットの育ての親のような役割を果たしてきた家政婦のミス・プロスについての一節であります。ソホーとはロ ンドンの中心部にあって、現在でも外国人の経営するレストランが多いところだそうですが、やはりお茶は美味しいけれど食事に関してはとかく言われる英国ら しく、料理はフランス人の技術に仰いでいた(という通念をディケンズが持っていた)ようです。ちなみにフランス料理というものが世界に広まるのは、革命後 没落した貴族がこれも仕事を失った貴族お抱えの料理人を使ってレストランを開き、広く一般に味を伝えたからだとも言います。
 ところで、実は本書には冒頭近くの宿屋の描写で、
「途中廊下のあちこちには、ボーイがひとり、ポーターがふたり、さらには幾人かのメイドと女主 人までが・・・」
という一節もあり、「メイド」という言葉が登場しています。しかし、この片仮名語が用いられるのはあくまでもホテル従業員限定らしく、家庭内家事労働者 は、もっぱら引用部のような訳語が宛てられています。原文がどう違うのか、興味の湧くところですが、あるいは家事労働者は「女中」とかそっくり置換できる 日本語があっても、ホテル従業員には適切な日本語がなかった、ということかもしれません。

(2002.9.21.)

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