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今週の一冊 第61


今週の没落華族

 外骨は石川島を出獄して以来、緒方八節(やよ)という女と同棲している。表向きは下女 とい うことになっているが、この年(明治二十六年)二十三歳になるこの女は、外骨の実質的な妻としての位置にいる。八節は旧肥後高瀬藩主、故細川采女正利愛の 次男緒方倫親の次女にあたる。長女たをは二十六歳になり、品川東海寺春雨庵の住職伊藤宗温のもとへ妾奉公に出ている。妹のいくは麻布網代町で下女奉公をし ている。いくは十七歳になったばかりである。
 華族階級の緒方家がこれほどまでに零落したのにはわけがある。緒方倫親は(中略)父細川采女正の四十一歳の厄年に生まれた。俗に「四十二の二つ子」とい われ、親が四十二歳になった時の二歳の男児は親を食い殺すと信じられていたため、倫親は誕生と同時に細川家の家老緒方十左衛門のもとへ相続養子に出され た。(中略・ところが)細川家の現当主で倫親の実兄にあたる細川利永は明治四年の廃藩置県の際に、廃藩とともに采女正の約束は無効になったとして一方的に 倫親への扶助を打ち切ったのである。生活力のない華族の父娘が路頭に迷うのは必然だった。

吉野孝雄『宮武外骨』河出書房新社

 宮武外骨(1867〜1955)は、反骨を貫いたジャーナリストとして著名であります。様々な雑誌や書物を発行すること百数十点、ときに官憲の弾圧に あっても屈することなくおのが道を貫いた人でした。自分で雑誌を出す一方、新聞や雑誌を集めることも好きで、のちにそのコレクションをもとにして東大に作 られた明治新聞雑誌文庫の初代主任を務めました。ちなみにMaIDERiA出版局発行の『大正でも暮らし』のネタ本の一部も、明治新聞雑誌文庫の所蔵だっ たり します。本書はその伝記で、まことに面白い本です。
 さて、外骨はそれ自体大変面白いのですが、本題と関係ないので(笑)割愛しまして、引用部はのちに外骨の妻になった八節の出自を述べた一節。没落した華 族階級の娘たちが妾と下女になったとは、まるで作り物の物語のようです。ところで何故外骨が事実上の妻を「下女」としているかというと、外骨は細川家に緒 方家への扶助料を払うよう交渉をしていたのですが、それが自分家のためにする私欲と取られるのを嫌ったためだそうです。メイドさんが旦那様の事実上の愛 人、なんてケースはよく聞きますが、逆のこともあったというお話でした。

(2003.4.14.)

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