今週の一冊 第72


今週の家族論

『ゲゼルシャフツシュプーゲル』に載った料理女中ゲルトルーデの書簡は、女中労働の形態 を端 的に示している。すなわち、「この家では七時に鈴の音が鳴り始めます。最初は主人が髭剃り用の湯のために鈴を鳴らし、ついで奥さん、娘、息子と続きます。 一〇分間の間に階段の登り降りを一〇回もくり返し、まったくこの高貴な人びとには手をやきます。この人達は自分では何もできず、もし哀れな女中がこの世に 存在しなかったなら完全に不幸になること、請け合いです」と。まさしく、鈴の音とともに一方的に個人的サービスが要求され、女中がこれを一手に請け負う関 係にあった。そもそも、消費的機能へと狭隘化し、私的労働として孤独化する近代的家事労働において、女中と雇主家族を包含するがごとき労働共同体は、成立 しえようはずがなかった。

若尾祐司『ドイツ奉公人の社会史――近代家族の成立 ――』ミネルヴァ書房

 まさに表題の如く、ドイツの奉公人――農村の年季奉公人から都市の使用人まで――の歴史的変遷を家父長制に基づく家族からパートナーシップに基づく近代 の家族への移行という流れの中で検討した書です。奉公人とは労働者と異なり、家長に人格的に従属する存在でした。ドイツのメイド(マークト)の置かれた社 会的状況が厳しかったことは以前紹介した本にもありましたが、その原因は大雑把に言えば家長に従属する奉公人という意識にあったのです。なぜドイツがそう なったか大雑把にいえば、ドイツ統一の中心となったプロイセンでは、エルベ川以東のグーツヘルシャフトと呼ばれる貴族(ユンカー)の経営する農場が、その 労働力を確保するため農民の子弟を強制的に奉公させるという西ヨーロッパと逆の流れがあったためであり、またルター派の影響もあったためと言えるでしょ う。
 それはともかく、本書によれば、家父長制のもとで奉公人をも包摂した「家」が近代家族へと変化する過程で、奉公人は家共同体の範疇から除外され、奉公人 自体も農業奉公人から家事奉公人に変質し、消滅してゆくのです(引用部は20世紀初頭頃です)。家族論はメイドさんを考える上で重要な鍵ですが、いろいろ と勉強になる本です。

(2003.7.7)

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