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今週の一冊 第79


今週のホモセクシュアル

ヴィクトリア朝時代を通じて大量に出版された鞭打ちをテーマにした小説について検討する の が、本章の課題である。(中略・この類の小説では)誰かが悪事を咎められるわけだが、その誰かは大抵の場合、少年である。少年のふりをしたり、演じたりす る成年男性のこともあれば、少女のかっこうをした少年とか成年男性のこともあり、あるいはまた、本当に少女と思われていた少年ということもある。(中略) 咎めるのは、ほとんど一様に母親の代理である。継母であったり、女家庭教師、女教師、女中、小間使い、伯母等々が頻繁に出てくる。こうした役回りを演じる めかけだとか、娼婦というのも少なくない。母親自身が咎めるというのはごく少ない。父親とか男性教師といった成人男性は滅多になく、私はほんの二、三の例 しか知らない。

スティーヴン・マーカス(金塚貞文訳)『もう一つの ヴィクトリア時代 性と享楽の英国裏面史』中央公論社

 ヴィクトリア朝時代英国の、ポルノグラフィーを中心とした性にまつわる叙述を研究した本です。本書の記述のおよそ半分は、連載第52回で紹介した『我が 秘密の生涯』についての分析からなっており、そもそも本書は『我が秘密の生涯』を発掘したということで知られているそうです。
 ただし、引用部はその箇所ではなく、本書の末尾に近い鞭打ち小説についての章から引用しました。ヴィクトリア朝に氾濫した鞭打ち小説は、男を「男性的な 役割を担う女性」が鞭打つところに特徴があり、本書の著者はこれをホモセクシュアルに対する妥協と防衛である、と規定しています。この結論を受け入れるか どうかは別にしても、ヴィクトリア朝時代の小説では、メイドさんは鞭打たれるよりも鞭打つ側だったということはなかなか興味深いことではないかと思いま す。この背景には、パブリックスクールの教育の影響がやはりあるのでしょう。そこでは鞭打ちは当然のこととして行われていまして、今日でも教育の一環とし て体罰の是非は論点になりますが、とりあえずヴィクトリア朝の歴史からわかることは、体罰の結果として鞭打ち文化が流行るということなのであります。
 本書は1966年というかなり以前に書かれた本で、また『我が秘密の生涯』に多くを割きすぎている印象もありますが(連載71回で紹介したロナルド・ハ イアム『セクシュアリ ティの帝国』では、本書について「著者がポルノ文学にあまり博識とは思えない」とかいう旨の注記がありましたっけ)、『我が秘密の生 涯』をはじめとするポルノが描いていたのは男の心の中にある「性的ファンタジー」であったという本書の根幹を成す指摘は、たとえば今日の美少女ゲームなん かと引き比べて考えてみても面白いかもしれません。

(2003.10.19.)

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