今週の一冊 第82


今週のネタ本探し

ルネ 四年前のノエル。それは私の手引で脱獄したアルフォンス(注:サド侯爵の名前) が、諸 所を転々として行方をくらましたのち、ラ・コストの城にこっそり戻って、私と共に過ごした最後のノエルでございました。プロヴァンスの北風が吹き荒れる厳 しい冬、私は家伝来の銀器を質に入れて、薪に代えておりましたくらい。ノエルどころでは……
モントルイユ まったくノエルどころではなかった、お前たちのやったことは。薪が不足で人間の体で煖をとっておいででしたね。その貧しさと乏しさのなかか ら、女中にと云って十五六の若い娘まで五人まで、秘書にと云って男の子を一人、リヨンで雇い入れて連れて来た。……そら、ごらん。私はそれまでちゃんと 知っていながら、莫迦になって、お小遣を送ってあげたものだ。それはそうと、私の密偵は、北風の吹きすさぶ露台に身をひそめ、お前たちのふしぎなノエルを 窺っていた。なるほど銀器を抵当(かた)にしただけあって、煖炉の焔は窓の外の枯木の幹にまで赤く映えていた。
ルネ お母様!
モントルイユ おしまいまでおきき。アルフォンスは黒天鵞絨のマントを室内で羽織り、白い胸をはだけていた。その鞭の下で、丸裸の五人の娘と一人の男の子 が、逃げまどっては許しを乞うていた。長い鞭が、城の古い軒端の燕のように、部屋のあちこちを飛び交わした。そしてお前は……
ルネ ああ!(ト顔をおおう)

三島由紀夫「サド侯爵夫人」(『サド侯爵夫人・わが 友ヒットラー』新潮文庫)

 先週紹介の『サド侯爵の生涯』は、いろいろと読んだ人々に影響を与えたことでしょうが、その結果として生まれたもっとも目立った成果は、この三島の戯 曲「サド侯爵夫人」でありましょう。三島は澁澤の書を読んで、サド侯爵にどこまでも従順だったのにいざサドが獄から出たとき別居を望んだサド侯爵夫人 ルネに関心を持ち、この戯曲を書いたといいます。
 ところで、三島ともなると詳しい人や一家言ある人は多いでしょうし、筆者は三島にはあまり関心がなくてろくに読んではいないので、作品自体の話はやめて おいて些細なところを突っつくと、先週の引用部で澁澤 が「想像すれば足りる」とだけ記していた箇所が、三島の手にかかるとこのように膨らんだというわけで、こうやって 話はどんどん最初の事実から飛躍していくのでしょうが、あ、でもこの箇所は膨らませ方としてはこの企画で取り上げるのには若干問題があったな。メイドさん の服、脱がしてるから(笑)
 あとこの戯曲には、三島のオリジナルキャラとして家政婦が登場します。なんで家政婦だったか考えてみるに、サド家に献身的に仕えかつ良き友であり「サド がプラトニックに愛したおそらく唯一の女性」ルーセ嬢のことを、澁澤が「家政婦」と書いていたからでしょうね。

(2003.11.24.)

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