今週の一冊 第85


今週の家族

概して言えば、召使いと家族の間の境目は、仮にあったとしても、極く稀薄であった。もっ と後の時代の召使いに対する態度の前兆を見つける前に、さらにロバート=クローリーの『著作選集』中の一節に眼を向けねばなるまい。
彼らが、朝から夜まで
ずっと仕事をしているように眼を光らせておけ。
 この一節は、中世のように召使いが主人の寝台の側の車付き寝台で寝たり、台所で主婦と仲良くつきあったりするのでなしに、大きな家では召使いを地下室や 屋根裏部屋に隔離し、小さな住宅では緑の掛布をかけた扉の向うに閉じこめたことを暗示するものである。彼らの運命は非常につらく、むごい扱いや人間性を無 視した扱いにあうこともあったかも知れないが、少なくとも一六世紀においては、彼らは雇い主と同類の出であると考えられており、召使いは、たとえ最下級の 召使いでも、全く家庭生活の一部である、ということを疑う者はいなかった。

R・J・ミッチェル M・D・R・リーズ(松村糾 訳)『ロンドン庶民生活史』みすず書房

 そもそもは1958年に出された本で、義理の姉妹である二人の女性研究者が出したということです。表題の通り、ロンドンの様々な人々(実は必ずしも“庶 民”ばかりではない)の暮らしぶりを、中世からヴィクトリア朝まで述べた一冊です。様々な文献の引用があり、地図や図版、翻訳者による注釈などが充実し、 面白く読める一冊です。
 引用部はトマス=モアの時代について述べた章からの引用で、ロバート=クローリー(1518?〜1588)とは聖職者兼印刷業者・文筆家として知られた 人で、清教徒の立場から国教会を批判していたのだそうです。彼が生きていた16世紀は、使用人と家族との境目が薄かった、とは即ち、家族に使用人が含まれ ていたということです。
 以前にも述べましたが、19世紀の近代家族の成立に伴って使用人は家族の範疇から排除されるようになり、お仕着せの着用もその表れといえますが、それ以 前はそうではなかった、ということはよく言われています。16世紀もむろんそうなのですが、そんな時代にも、やがてメイドさんを消滅させることになる近代 家族的傾向の端緒があったのだとすれば、これはなかなか興味深いことです。もしかすると、クローリーが清教徒であるということが、このことと何らかの関連 を持っているのかもしれません。マックス=ヴェーバーを持ち出すまでもなく、清教徒的精神は19世紀の世界を創造する重要なファクターと考えられますか ら。
 まあ、そんなことは抜きにしても、面白い本ですので、機会があったら読んでみてください。あまりメイドさんと直接の関係はないけど。

(2003.12.15.)

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