今週の一冊 第92


今週の家族計画

妻にふりかかる子育ての過労のゆえに、男性の側で家族員数を制限する準備ができていたと いう こともありそうに思われない。この当時、家事使用人の数は多く、相対的に言って費用がかからなかった。ミドルクラスの女性はずっと前から家庭内の日常的で 単調なほねおり仕事から解放されていたし、子供の面倒をみるには乳母かガヴァネスを雇っていた。したがって、一八七〇年代がミドルクラスを“コスト”の問 題に面と向き合わせたと言えるような意味合いでのみ、状況の変化に女性解放がからんでいたと論じられよう。出費を切りつめる際に、ミドルクラスの夫たちが 選択したのは、無理やり自分の妻を子供部屋や台所に連れもどすことよりむしろ家族の大きさを制限することであった。
(注:“コスト”は原文では“”ではなく傍点が附されている)

バンクス夫妻(河村貞枝訳)『ヴィクトリア時代の女 性たち ――フェミニズムと家族計画――』創文社

 もともとサブタイトルが原題であった本で、19世紀後半の英国における、女性解放運動と女性一人あたりの子どもを産む数が減っていった社会状況との関係 を論じた一冊です。本書の結論を一言で言ってしまうと、家族計画が普及していったのは経済的理由によるところが大きく、フェミニズム運動がその原因ではな い、ということです。家族計画の実現の前提に男女平等は必要なく、男性の主導権下で進められるといえるようです。
 一口に19世紀といっても、政治や経済の状況は折々によって変化しますが、19世紀の終わりごろ、1873年ごろから1893年ごろまでの間はデフレに よる「大不況」と呼ばれています(ちなみに連載80回登 場のホブズボームの場合は、1875年を時代区分として採用しています)。その後は1910年ごろまで再び好況になり、そのとき欧州で経済を牽引したのが 主に電気と化学産業で、つまり「ドイツの科学は世界一ィィィィ!!」な時代になるわけですな。まあそれはともかく、大雑把に言えば、経済が沈滞したので若 い層が将来の収入が増える展望が持ちにくくなり、子供を持つ数が減った、という図式になります。社会的体面を保つための、ヴェブレン言うところの「顕示的 消費」(連載73回参 照)は減らせないので、子供の人数が削減対象になったわけです。メイドさんじゃなくて。
 経済の不況と出生率の低下というと、なんか今の日本とちょっと似た面もありますね。家事使用人はいないけど。

(2004.2.23.)

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