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今週の一冊 第94


今週の満洲

 ターニャが来る前の日、母は父と言い争った。
「ワーニャもいるのに、なぜ娘まで雇うんだ? 二人もロシア人を雇う必要はなかろう」
「でも、ワーニャは洋服の仕事が少ないというし……。ワーニャも独身寮の洗濯の方が給料がいいからそちらへかわりたいっていうのよ」
「子守くらい竜作にやらせろ。うちは二人もメイドを雇う身分じゃない。大体おれは日本人が征服者のような顔をして、満人のアマなど何人も雇ったりするのは 気にいらないんだ。あまり威張ると満人の反感をかう。日露戦争に勝ったからって、満人やロシア人は、おれたちの奴隷ではないんだぞ」
「わかってます。だけど、ワシーリーはお酒呑んではばくちばかりやって、相当借金があるそうよ。ワーニャに娘を雇ってくれって頼まれて、いやとはいえない んですよ」

豊田穣『日本交響楽』講談社文庫

 もう最近ではすっかり下火になりましたが、ひところ「架空戦記」なるものが流行ったことがありました。大概は怪しい新兵器やら何やらが登場して二次大戦 で日本軍が勝ってしまうという、安直なものに過ぎませんで、やがてネタ詰まりになってくるとヲタクネタと融合をした挙句、意味もなくメイドさんが登場する ものもあったとか仄聞しておりまして、ミリタリー趣味者でメイドスキーの筆者としては、かかる安直な融合には断乎として否と唱えたく思っておりますが、そ れはともかく、まだ「架空戦記」がはやっていた時分、NHKのニュースでそれが取り上げられたことがありました。「架空戦記」側の代表者は荒巻義雄でした が、一方それに対する批判者として登場していた人物こそ、今週お題の本を著した元日本海軍のパイロットである豊田穣氏だったのですが、その番組が放送され て一月かそこらで、今度は豊田氏の訃報に接したのでした。「昭和も遠くなりにけり」と、そのときほど時の移り変わりの無常さをひしひしと感じたことはあり ませんでした。
 というわけで、一万二千枚という豊田穣氏の自伝的大河小説『昭和交響楽』の第一部となる作品の、そのまた序盤の「満州篇」からの引用です。時は昭和初期 の(満洲事変前)満洲、主人公竜作は満鉄に勤める父を持ち、ターニャたちはロシア革命で祖国を追われたいわゆる白系露人の一家です。竜作に弟が生まれ、母 親の体調が思わしくなくてメイドを雇う、という話です。で、こういう次第で竜作の家にやってきたターニャと竜作の春のめざめ的触れ合いについては本書を読 んで頂くことにして、ここで注目すべきはお父さんの台詞です。家事使用人について、白人のロシア人では「メイド」と呼び、満洲人だったら「アマ(阿媽)」 と呼び分けていますね。これが日本人だったら「女中」になったりすると、人種ごとに使い分けがされているわけで、はなはだ面白いことといえますが、まあそ の辺の詳細はもうちょっと当時の文献を調べてみる必要があるでしょう。しかし、ヴィクトリア朝の英国人が、植民地のインドに行って現地の人を安い給料で使 用人に雇い、王侯貴族のような暮らしをしていたといいますが、遅れてきた帝国主義国・大日本帝国でも似たようなことがあったという訳ですね。
 全く余談ですが、本書のもうちょっとあとの章で、小学生三年生になった竜作が友達と語らって悪戯をする話があります。それは身体検査の機会を利用して、 同級生の女の子の裸を覗いてやろうというのですが、何でそんなことができるかというと、当時の身体検査は一枚残らず脱がせていた(!)からであります。ま あ徴兵検査がそうだったからなんでしょうが、当時は子供の裸が猥褻物であるという認識がなかった、それは戦後もかなり後まで――というか、おそらくは80 年代ぐらいまではどうもそのようだったみたいですね。猥褻なんて概念は案外短期間でがらりと変わってしまうというお話でした。全く余談でしたな。まあいろ いろと昔の風俗が描かれているところも面白い、というところで。

(2004.3.6.)

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