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今週の一冊 第95


今週の結婚

 かりに私が独身であるとする。男一人では日常の家事が不便であるから女中をやとおうと す る。女中の給与の相場を知らないから、全く仮定の数字だが、私は彼女に月五千円払っているとする。すると、彼女の年六万円という所得は、れっきとして日本 の国民所得の中に数えられる。正確に計算しようと思えば、彼女が家で食べる三度の食事代、冬の暖房用の炭代など、いわゆる現物給与にあたるものも、彼女が いったん所得として受け取った上で消費したと考えるべきだから、現物給与六万円の上に、それを足さなければならない。(中略)そこで、私の女中の現物給与 をかりに年六万円とするなら、彼女の所得は合せて十二万円ということになり、それだけが日本の国民所得の一部分をなす。
 さて、依然として仮定のはなしだが、ある年の元旦のこと、私は考えるところあって、その女中と結婚したとする。結婚すれば、その日から私と彼女の関係 は、夫婦のそれである。相も変わらず彼女は前年と同じように掃除をし洗濯をし食事をつくり私の世話を見てくれるだろうが、もはや私は給与というものは払わ ない。彼女が食べる三度の食事も、現物給与とは見なさない。そんな水くさいことは、しないのが当たり前である。ところが、そうなると、日本の国民所得は私 が女中と結婚した年から十二万円だけ減ってしまうのである。私が私の女中と結婚したというだけで、国の生産活動やその他に何の変更もないのに、国民所得が 十二万円減るというのは、おかしいではないか。私一人だけのことなら、(中略)無視しても差支えないように見えもするけれど、問題は原則である。原則とし て国民所得がそんなふうに計算されているものであるとすれば、私と女中の結婚話は例外としてすますわけにはいかない。

都留重人「現代主婦論」
(上野千鶴子編『主婦論争を読む機〜患録』勁草書房)

 以前にも述べたことですが、メイドさんについて真面目に考えようとするならば、近代家族論からのアプローチが最も有効なものでしょう。その道に分け入る と、実は主婦というのが、家事使用人と密接な関係にあることが見えてきます(連載第76回参 照)。その主婦という存在について、自立して働いていないのは良くないことだとか、むしろ主婦の方が人間らしい生活をしているのだとかいった議論が昔から 行われてきました。このような主婦をめぐる論争、主婦論争について主要な論説をまとめた本から、著名な経済学者である都留重人が1959年に書いた文章の 冒頭を引用しました。
 この本で、主婦論争というのは第一次から第三次までに分類されていますが、この都留氏の文章は第一次論争のものです。その内容は、当時の経済学から見て 家事労働は有用であるが価値を産まない、ということを前提にしていますが、この経済学の家事労働無価値説こそ第二次論争の主たる論点になったことでした。 第二次論争では家事労働が価値を産むのかが論じられたのです。もっとも都留はこの無価値説を引用部のようなたとえ話で述べたのちは、女中のしていることは 生活のための「目的のない労働 labor」 であり、一方妻になれば同じことも(経済学上の価値は生まないけれど)張り合いが出て「目的のある仕事 work」へ変じ るというように話がいささかずれてしまって、どうもその後の論争に直接益するところはあまり多くはなかったようです。こっちの論点はこっ ちで突っ込みどころがいろいろありそうですが。
 ここで一旦近代家族論を離れて現在のサブカル方面を考察するに、なんとなくメイドもののハッピーエンドは、ご主人様ラブのメイドさんもしくはメイドさん ラブのご主人様が本懐を遂げてみんな幸せ、みたいのがイメージされていそうですが、少なくとも雇い主にとっては給料をもはや払わなくて済むという点でハッ ピーエンドと言えそうです(笑)。メイドさんと結婚というシチュエーションも妄想の膨らませ方次第でこんな学問になるというお話でした。それはともかく、 当時は日本でも月五千円で女中が雇えたんでしょうか。もっとも当時の貨幣価値は今のに直すと十倍以上になるでしょうけど。
 ところで今回のネタ本は、冬弓舎という出版社のサイトの中にある、 ゲーデル先生とカンパネルラ君の対談形式の「よい子の社会主義」というコーナーのそのまた中にある、「よい子のボランティ ア」の 中の記事がきっかけで探し出したものです。もっとも最近に書かれたこのサイトでは「メイド」なのが(おまけに「なんかスケベな議論ですね」なんてツッコミ が入るし)、都留重人のときは「女中」というのが時代を感じさせますが、それはともかく、都留の全集の1巻にも本論は収められていますが、この『主婦論争 を読む』の中で読んだ方がむしろこの文章の性格をよりよく理解することができると考え、こちらから引用した次第です。

(2004.3.26.)

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