今週の貴族階級 一八八一年一〇月の雑誌『一九世紀』は、一五代伯(注:15代ダービー伯エドワード・ヘ ンリー・スタンリーのこと、ちなみに競馬で有名なのは12代目)による土地所有の「動機の文法」を掲載する。 「大英諸島の土地を人々が所有する際にめざす諸目的を次のように数え上げることができる……と私は思う。すなわち、(1)政治的影響力、(2)領域的所有 に基づく社会的表示性、つまり土地が最も目に立ちかつ誤解の少ない富の形式である事実、(3)借地農の上に及ぶ統制力、或いは所領を経営し、掌握しかつ改 良する喜びそれ自体、(4)居住生活上の楽しみ、これはスポーツと呼ばれるものを含む、(5)金銭的投資見返り――地代」。 この説明をそのまま信じるのは、シェイクスピアの史劇を史実とするのと同様軽率であろう。地代が順序としては最後に置かれているのは特に疑わしい。ダー ビー伯家が一八八〇年代の全国的農業不振期に大幅な地代上昇に成功した少数の例外だった事実や、伯が死(一八九三年)に際し七二七名に上る召使い・庭師そ の他の使用人に六万二〇〇〇ポンドに達する遺贈を行いえた事実、(中略)これら全ては、彼らの遠い祖先に当たる第七代伯の忠告、金に意を用いよ、「という のも人は高貴さ gentility では市場で何も買えないのだから」が無にされたわけではなかったことを物語る。しかしこれらを以てダービー伯家を貴族の位階と 呼称で身を包んだブルジョア に見たてて事を済ませるのはさらに不賢明である。というのも、第七代伯の忠告はつまるところ有利な花嫁を娶れ、であって、実業に精を出せではなかったから である。 水谷三公『英国貴族と近代 持続する統治1640- 1880』東京大学出版会 19世紀ともなればフランスでは革命が起こった後の時代な訳で、貴族という人々の重みもだいぶ軽くなってきたのですが、英国においては貴族は他国に比し 勢力を保っていました。どうしてそんなことができたのでしょう。政治的に貴族よりブルジョワジー、中産階級寄り(笑)の本欄執筆者としても、やはり知って おきたいところであります。かつての説では、英国の貴族は貴族といいつつ経済的にはブルジョワジーそのものだったのだとされましたが、本書ではそれを否定した新たな説明を試みま す。それには英国の貴族が土地というバックボーンを持っていたことが重要なポイントになります。フランス絶対王政下の貴族は宮廷の官職に収入を頼る部分 が多く、そのため王様の機嫌一つで貴族が金欠になることもありえるのですが、イギリスの貴族は当主が反逆など起こして処刑されても、土地が誰かに相続され ればお家が復興することも多々あったのであります(そのため本書では所領の継承について特に章を設けて解説しています)。 このように金と力を持っていた英国貴族は、ピューリタン革命をはじめとするの歴史の流れの中で、それを利用することで支配身分から政治的統治層に変貌を 遂げ、自らの存在価値を作り出すとともに、近代の形成に貢献したのであります。そのため彼らは他国のそれよりも活力ある存在であり続けることができたので す。だから19世紀にもなって、英国の貴族は執事やらメイドやら抱えてカントリーハウスにいたわけなのですな。 さて、引用部は英国大貴族の使用人は727人もいて、平均約90ポンド弱(数百万円相当)もの遺産を受け取っていたというお話ですが、本書がメイドス キーにとって価値あるのはこんな瑣末なところにとどまるものではありません。なぜカントリーハウスというのは英国にしかないのか、何で英国人はそれを保存 したり本に書いたりするのか、さらにいえば何で英国人はガーデニングが好きなのか、クリスティ作品の殺人の動機はどうしてああも遺産狙いが多いのか(笑) といったことにも相当の示唆を与えるでしょう。あと執事が好きな人は必ず読むべきですね。所領経営と国家運営の関連という点から、随所で執事について触れ られています。 勿論、本書は政治史の本として大変面白いです。論理が明晰で割と読みやすいですね。この解説はかなり偏っているので、貴族に興味のある方はひとつ読んで みて下さい。 (2004.4.6.) |