今週のグレーゾーン ガヴァネスと乳母の処遇にはいくつかの細かい相違点があり、それがそれぞれの立場をよ く表 していた。(中略)ガヴァネスと乳母は服装が異なっていた。そしてその違いは、乳母の育児室用のエプロンと、白い糊の効いたオーバーオールにとどまるもの ではなく、ロンドンのリージェント・パークの王立植物園の中であきらかに見て取れた。(中略)ハーリー街の専門医の娘、イヴリン・ノースクロフトは、一九 二〇年代初期に乳母に毎日公園に連れて行ってもらった。そしてベンチに座っているガヴァネスと乳母を容易に識別することができたと、回想している。乳母は みな、夏は青みがかった灰色の服を着ており、十月以降は濃紺色の服とそれにマッチするフェルトの帽子を被っていた。ガヴァネスは一年中、ツイードのツー ピースとメリヤスのセーター[薄手や厚手や季節により変化はあるが]を着ていた。要するに、乳母は制服を着用しており、ガヴァネスは雇い主の服装をまねて いたのである。 アリス・レントン(河村貞枝訳)『歴史の中のガヴァ ネス 女性家庭教師とイギリスの個人教育』高科書店 その昔の英国では、家女中やら台所女中やらいろいろ家事労働者がおりましたが、一つ屋根の下にいながら家事労働者でもなければ家族でもない、微妙な位置 付けの人もおりました。それが今回の本のお題であるところのガヴァネス、女性家庭教師であります。19世紀の英国では女性の地位が低く、公的な地位や職業 から締め出されていました。そのため、一定の階層以上の女性が自活を余儀なくされた場合、就ける職業は非常に限られており、家庭教師であるガヴァネス(住 み込みが多いですが通いもあり)が唯一の選択肢となっていたのでした。ガヴァネスについては中公新書の本が著名ですが、それ以外にもこんな本があったので 今回引用してみました。さて、ガヴァネスは一応リスペクタブルな職業とされていましたので、使用人とは別の扱いを受けていましたが、かといって家族と対等というわけでもありま せんので、使用人と雇用主の身分階層での居場所がはっきりせず、結局仲間がいない孤独な立場に追い込まれてしまったのでした。さらに、家事使用人との仲は 緊張をはらんだものになることが少なくなかったようです。特にこの章では、子どもをめぐって職権が近接している乳母との対立について触れられています。ま た別の箇所では、女中さんがガヴァネスへの嫌がらせに、早朝仕事を始めるとき、ガヴァネスの安眠妨害のために「階段を一段とばしにどしんどしんと降り」た りするようなこともあったといいます。ロングスカートで一段とばしをやって、裾に足をひっかけて転倒したりしなかったかちょっと心配です。 引用部では他に乳母のファッションも窺い知ることができ(フェルトの帽子ってどんな感じなんでしょうね)ますが、もちろん、テーマであるガヴァネスにつ いて、近世以降20世紀に至るまでの概要をつかむことができる一冊です。 (2004.5.17.) |